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"私は各界でそれぞれに成功してきた人を見てきましたが、
育った環境も違うし、
現にたずさわっている仕事の内容も違いますが、
どの人にも共通していることは
「思ったことはすぐにやる」
ということです。
偉くなった人は皆が皆、頭がいいわけでもないし、
知識が万人にすぐれているということでもありません。
それどころか、こんなことも知らないのかと
驚かされる人も少なくありませんが、
人の説明を受けて一たび納得をしたら、
その瞬間にきいたことはその人の血となり肉となって、
すぐにも実行に移されるのです。
ほとんど一人の例外もなく、
そういう人は人生は短いと感じています。
短い間にやりたいことがたくさんありますから、
やると思い立ったら、もうその瞬間からはじまっています。
宿題として明日に残す人なんかいません。
いつはじめても遅すぎたということもありません。
走りはじめればいつか追いつき、追い越して、
ゴールに達することができるのです。
反対にいつまでも同じ位置で足踏みをしている愚図とは
とてもつきあいきれませんね。
人生はすぐに終わってしまうんですから。
" 38 notesQuote
"僭越ながら、私は彼女たちの話を聞いているうちに、自分探しの方法論が間違っているのではないかという気がしてきた。遠かれ近かれ、それぞれの持つ目的や目標のために方法を打ち出して実行すべきなのに、焦燥感をまぎらわすためだけに、あまりにも近視眼的になってはいないか。目標からの逆算でプロセスを計画しなければならないのに、小さな一歩を踏み出しさえすれば、それがいつしか目標につながると過信してはいないか。
私は彼女たちに、少し意地悪な質問をしたことがある。
「40歳になった時の自分を想像できる?」
なぜ意地悪な質問なのかというと、方法論を知らない彼女たちからはおそらく、「全く想像できない」とか「今と変わらず焦りを感じていると思う」といった答え、あるいはよくても「少しでも夢に近づけていると信じたい」という答えが返ってくるとふんでいたからだ。
しかし、ある女性はこう答えた。「今より精神的にはずっと楽になっているのではないか。その頃には、人生を諦めることを覚えていると思うから」。また、他の女性も言う「その頃には頑張らなくてもいい年齢になっているだろうから、趣味などをはじめていたい」。
つまり、こういうことだ。将来を見据えて焦り、もがき苦しんでいる女性たちの心中は、実は極めて冷静に自分の立場を見つめ、かつ諦めている。
なぜなのか。これはやはり、これまでこの世代が置かれていた環境が与える影響が大きいようにも思う。どんなに努力をしても、成功体験を得にくかった時代。いつもネガティブな環境に身を置き、諦めることを強いられた時代を生きてきた彼女たち。
苦労をすることには慣れてしまった、努力もいとわない。でも、「夢なんて叶うものではない」と最初から決めつけている、そんなまじめで頑張り屋である彼女たちが、唯一得られる満足感や達成感が、「資格を取る」といった小さな目標を掲げてクリアしていくことだというなら、それは納得がいく。
このままではいけない、と「夢を追い続ける」という大きな命題を掲げ、常にアドレナリンを出し続けていることが、不安感を払拭する方法であるのも、分かる気がする。ただ、同じ年代の同じ女性として、あまりにもその一生懸命さが辛く心に突き刺さる。
"30代、先の見えない女たち:NBonline(日経ビジネス オンライン) (via raurublock)
2009-01-13
(via gkojay) (via motomocomo) (via h-yamaguchi)
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"新しいワークスタイルは、いつの時代も論じられます。私は就職氷河期世代なわけですが、当時も「日本の大企業はもうダメだ」「新しい働き方が必要」という話は盛り上がりました。その時代、学生起業なども盛り上がりました。00年代になる頃にもフリーランスブームがありました。03年頃にはフリーの業務請負人であるインディペンデントコンストラクターという働き方が注目を集めました。ソーシャルネットワークでゆるくつながりコラボするという流れが出てきたのも00年代半ばです。他にも働き方、もっと言うと生き方に関する新スタイルは何度も登場しては、定着したり、消えたりしました。先行きが不透明な時代になると、新しいやり方を模索するのは人間がいつも取り組むことなのです。" 1 noteQuote
"今の私からしてみれば、あの頃の自分はただただ恥じ入るばかりだけれど、まあ、あの若い時代があるからこその自分なので、後悔はない。後悔はないが、自分の昔の判断力には全く信用が置けないし、そうやって反省し続けるうちに「若くして◯◯」「若いのに◯◯」にはどれほどの価値があるのだろうかという疑念を持つようになった。「若い」ということを外したら何の意味もない実力ではないのだろうか、大した実力もないのに「若い」ということで点が甘くなっているだけではないだろうか、その評価は自分の実力をきちんと表しているのだろうか、自分の発言は同世代のコミュニティの内輪受けではなく本質を捉えているものなのだろうか、と不安は次第に大きくなる。
女子大生ブロガーは女子大生で無くなった時も価値のあるブロガーとして存在できるのか。◯◯世代は、その世代が若さを示さなくなった瞬間でも価値を持つフレーズとして効くのか。若い感性とやらは、そこに若さがなくとも、価値を生むアイデアを生み出しているのか。老害と感じる状況は本当に老害なのか、若害ではないと言い切れるのか。
" 12 notesQuote
"僕らの世代では、広告で時代を動かしたいんです、とか、世界を変えたいんです、という人がよくいました。今もいるのかな。コピーライター志望とかだったら、言葉で世界を、みたいなことになったりしますよね。でも、そういう人には、だったらブログを書けばいいじゃないですか、って答えます。これ、嫌みではなく、本気でそう思ってます。" 1 noteQuote
"ある都立高校で講演をする予定だったけど、校長の判断でキャンセルになった。依頼者の方がお詫びに来てくれた。理由がすごかった。検索するといっぱい件数が出てくるから、ですって。
「Google検索すると、悪評も書かれているから迷惑だったの?」「違います」「じゃなぜ?」「とにかく件数が多いとアラを探してクレームを入れる親を校長は恐れるんです」「どんな人でも?」「はい、どんな人でも。ですから、外部講師は検索しても名前が出てこない人が良いそうです」「マジで?」
「すると、一番無難なのは地元の消防士さんとかになるんです。消防士の肩書きはあるけど本人の名前は無名なので」。なんか納得しそうになったけど、これでいいのか東京の都立高校。
"https://twitter.com/#!/HisakazuH/status/179165091516776449
https://twitter.com/#!/HisakazuH/status/179166319827091456
https://twitter.com/#!/HisakazuH/status/179166892861296640 (via bgnori)
(via kotoripiyopiyo)